2011年10月17日

危なくなくない? 安全という神話


「放射能は『もれない』ものではなく、
 もらしつつ安全を保っていくものだ」。

京大原子炉実験所長をされていた
柴田俊一名誉教授の言葉です。
JCO臨界事故からまもない頃のこと、
これを知識ほぼゼロの頭で聞いていた私は、いたく驚きました。

「原発だって壊れるものだ。
 神が作りたもうたものではないのだから。」


歯に衣着せない柴田さんの発言を、当時のメモから抜粋。


  知識なく『危険』と叫ぶな。
  また努力なく『安全』と言うな。

  安全とは、100%の安全を目指して努力をしながら言うことだ。

  そもそも完全無欠の安全など、
  この世にはありえない。

  危険か、安全か、という議論は果てしない。
  日本には『危なくない』としてしまうと困ってしまう、
  危険に便乗した商売が山盛りある。
  また『安全』に便乗したものもある。



  廃棄したら密閉状態にして深海に埋没し、
  絶対に開けなければ
  時間とともに減っていく。



この最後の発言には
「そんなはずはない、あまりに危険ではないか」という反論があり、
柴田さんはこう返されていました。

  「あなたは知らないが、これは世界の常識なのだ」。


毎日流れているニュースを、柴田さんはどう見ておられるでしょうか。


柴田俊一 著
新・原子炉お節介学入門


posted by マッキー@組立通信LLC. at 08:23| マッキー禅問答 | 更新情報をチェックする
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